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酒造家創業の歴史 

杜の長老:本郷
皆様、お暑うございます。
休みに入る前から、秋の酒のイベントのため、古い清酒事情などを調べております。
その中から、ふと思いついた話を。
酒造家の創業の歴史です。


<酒造家創業の歴史>
現在、酒造場として製造免許を受けている場数は、平成18年3月31日現在、2,087場。
県別では、兵庫124場、新潟105場、長野92場、福島86場、福岡77場、
岡山73場、愛知67場、岐阜64場、京都63場、茨城62場、山口61場、
山形60場などが多い県である。
酒造家の創業は、現在ある製造場の約半数が江戸時代迄の創業。
後の半数は、明治以降に創業されたものである。
江戸時代迄の古い創業の酒造家は、一般に国内での戦争(合戦)の少なかった地域に残っている。

清酒の原料は、我々の主食である米であることから、藩制時代には、各藩に、その時の経済状況により製造は広く規制されていた。
そしてまた、酒座などの課税対象であったことから、各藩により保護されてもいた。
各時代の経済の如何が、その盛衰に深く関わっていたことで、江戸時代迄の間では、早期の元禄年間の創業が目立っている。

大政奉還により明治政府の樹立は、各藩からの人材により組織されていた。
国家運営の税収は、それまでの藩政で課税としてきたもの、扱いなれたものからの徴集が多かった。
明治4年、酒の製造を、一定の金を出すことで誰にでも許可することにしたので、明治4年~7年頃に、その頃の富裕層が創業している例が多い。
それは日本の伝統食の継承、伝統食器類や文化財の伝承にもつながっている例が多い。
ただ、現在は宿込みのお手伝いさんや社員はほとんどいない状況にあり、これらの文化財は殆ど蔵の中で貯蔵されているだけにすぎない。
その虫干しにも事欠く現状が大部分である。
その中で、蔵に陳列していて、工場見学の時に時ならぬものを拝見することもある。
中には国宝級のものもあるのではなかろうか。

(実際、長老は某酒蔵にお邪魔した時、ふぐ刺しをいただいたのだが、その時の古伊万里のお皿があまりにも見事であった。よくよく聞けば「これ文化財なんですよ」の返事!)

また、古くからのその地の食習慣の多くが残るのも、酒造家などの古い創業の家庭である。
そこには、掘り出すと、沢山の宝がきっとあると思う。その感動はまた、ひとしおだろう。


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